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福島地方裁判所 昭和28年(ワ)109号 判決

原告 東邦物産株式会社

被告 国 外二名

訴訟代理人 福島悦蔵 外一名

主文

原告の破産者昭和化学工業株式会社に対する福島地方裁判所昭和二六年(ワ)第三号破産事件における破産債権が金一一、九三四、九八六円三一銭及びこれに対する昭和二六年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による金員であることを確定する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告破産管財人両名と被告国との連帯負担とする。

事実

原告は、原告の破産者昭和化学工業株式会社に対する福島地方裁判所昭和二十六年(ワ)第三号破産事件における破産債権が金一三、九七九、二八一円七五銭及びこれに対する昭和二六年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による金員であることを確定する。との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和二六年四月二六日破産者昭和化学工業株式会社(以下破産者という。)に対し、同年五月から七月までの間に米国積出の同国産大豆(種類黄色第二号)一、〇〇〇屯(ばら積)を代金六一、一八七、〇〇〇円(屯あたり六一、一八七円)、日本到着港沖着渡、積出地米国公定鑑定人証明書に基く送状記載数量をもつて引渡数量とすること、破産者が大豆引取について希望するときは、原告において袋詰の上破産者の指定する場所へ輸送すること、右包装材料、輸送諸掛等の実費は破産者負担とし、現品倉入と同時に破産者から原告に現金で支払うこと、本船到着と同時に破産者は原告に銀行の支払保証ある七五日目を満期とする約束手形を振出交付すること、の約束で、売り渡す旨の契約をした。

二、右米国産大豆は、昭和二六年六月一四日横浜港に到着したので、原告は、破産者にその引取方等前記約定に基く義務の履行を求めたが、破産者は、同年一〇月になつても、その引取、約束手形の振出交付、その他前記契約に基く義務を一も履行せず、これを履行する誠意を示さなかつたばかりではなく、仮に引取つても、代金の支払をすることのできないことが明らかで、履行不能の状態に立ちいたつたので、原告は、破産者に対し同年一〇月一一日書面で本件売買を解除する旨通知した。

三、原告は、破産者の右債務不履行の結果次のとおり損害を被つた。

(イ)  二、五三二、二三七円

原告において、本船着沖以後本件大豆を陸上保管しなければならなくなつたための諸掛費用。

うちわけ。

(1)    三九七、一四〇円五六銭 艀回漕料

(2)     五八、二七八円 検数量、封印料、敷物使料、サナ清掃料

(3)    二六八、九六二円 倉入諸掛

(4)  一、四〇六、四一一円 大豆保管料

(5)    三五七、一五〇円 麻袋使用料

(ロ)  二六〇、〇四四円七五銭

破産者は、本船入港と同時に銀行(東邦銀行)の支払保証のある七五日目満期の約束手形を原告に交付すべき義務がある。原告が本件大豆輸入に関して、信用状開設を依頼した株式会社帝国銀行が、信用状の受益者である米国輸出業者発行帝国銀行あて荷為替手形の呈示(船積書類到着)を受けると同時に、その引受、支払をし、原告は、信用状開設契約に基き、同銀行の右支払額につき猶予期間(ユーザンス、原告から帝国銀行に対する支払猶予期間であつて、船積書類到着後一二〇日間)内に補償決済することになつており、この決済方法として、原告は予め猶予期間末日を満期とする約束手形を帝国銀行に振出、交付するとともに、この支払にあてるために破産者から約定の約束手形を取り付けることになつていたのである。船積書類(大豆二、五〇〇屯分)は、昭和二六年五月二五日到着し、ユーザンスの期限は、同年九月二五日であつたが、破産者の履行がないため、原告は、右決済日にやむなく帝国銀行からの借入金などをもつてこれを決済した。若し破産者が約定のとおり銀行の支払保証のある売買代金相当額面の約束手形を原告に差入れていたとすれば、原告は、同額だけ帝国銀行からの前記借入を免れ得たのであるから、破産者の不履行によつて、原告は、本件売買代金相当額に対する昭和二六年九月二五日から解除当日までの一七日間銀行利息一〇〇円につき一日金二銭五厘の割合による二六〇、〇四四円七五銭の損害を被つた。

(ハ)  一一、一八七、〇〇〇円

本件売買解除後、原告は、直ちに大豆を他に転売しなければならなくなつたが、大豆の時価は、契約当時よりも遙に下落し、その売さばきは甚だ困難な状勢となつていたので、原告は、かろうじて昭和二六年一一月一五日右大豆を次の条件で味の素株式会社に売渡すことができた。

(1)  売渡価格、五〇〇屯は屯あたり五二、三〇〇円、残余の五〇〇屯は屯あたり五二、〇〇〇円

(2)  小型麻袋入、容器は荷渡後一カ月以内に返還する。

(3)  味の素株式会社横浜工場で引渡す。

(4)  代金決済方法は、屯あたり五二、三〇〇円の分に対しては、昭和二七年二月二日支払期日の約束手形、屯あたり五二、〇〇〇円の分に対しては、契約の日から六〇日目を支払期日とする約束手形をそれぞれ振出交付する。

右売買代金は、屯あたり五〇、〇〇〇円を上廻つているが、破産者との売買では、「日本到着港沖着渡」の約束であつたのに対し、味の素株式会社との右売買は、同会社横浜工場渡、且つ大豆をつめた容器は一カ月後に返還するものであり、代金は、六〇日または八〇日後支払の約束であるので、両売買を比べると味の素との売買代金は、屯あたり五〇、〇〇〇円となり、原告は破産者の引取義務不履行のため一一、一八七、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

四、従つて原告は破産者に対し右(イ)(ロ)(ハ)の三口合計一三、九七九、二八一円七五銭及びこれに対する解除の日の翌日である昭和二六年一〇月一二日から完済まで商法所定の年六分の割合による損害金の破産債権を有する。

五、原告は、破産者に対し、破産者が昭和二六年五月九日原告に振出交付した金額六、一一八、七〇〇円、満期同年七月三一日、振出地並びに支払地いずれも福島市、支払場所東邦銀行本店と定めた約束手形一通に基く手形債権並びにこれに対する昭和二六年七月三一日から昭和二八年三月三〇日までの手形法所定の年六分の割合による利息金六一一、八七〇円の債権を有するので、裁判所で定めた期間内にこれが届出をし、債権表に記載されたところ、被告等は、昭和二八年四月一四日の債権調査期日において、原告の右債権に対し異議の申立をした。

六、前項の手形は、保証金手形であつて、万一破産者が前記売買に基く債務を履行しないために原告の被つた損害の賠償にあてうるものであるから、右手形債権は、第四項の債権とその基礎を同じくする。そこで原告は、破産法二四四条、二四五条、二四七条の規定に基き、第四項の債権の確定を求めると述べ、

被告らの本案前の抗弁に対し、

原告は、昭和二六年四月二六日破産者と結んだ本件大豆売買に際し、破産者から右契約の保証金として、売買代金の一割に相当する金額の約束手形の振出交付を受けた。右手形授受の趣旨は、右売買が完結されて、原告が、破産者から代金全額について銀行の支払保証付七五日目払の約束手形の振出交付を受ければ、直ちに右保証金手形を破産者に返すが、万一破産者が右売買に基く債務を履行しない場合には、原告は、右保証金手形で破産者に支払を請求し得るし、若し破産者の不履行によつて原告が保証金手形額面金額以上の損害を被つた場合には、更にその差額を請求することができるとするものであつて、このことは、右売買締結の際当事者双方が完全に諒解していたところであるばかりではなく、この種の売買においてこのような保証金またはこれにかわる保証金手形を徴しておくことは、業界一般の通念となつているものである。従つてこの保証金手形の授受は、いわゆる証約の性質を持つと同時に、破産者の不履行による損害発生の際は、その全部または一部を担保する性質を有するものである。ところが、原告は、破産者の不履行によつて、一三、九七九、二八七円七五銭の損害を被つた。原告が旧訴で確定を求めたのは破産者の不履行によつて原告の被つた損害金の一部を担保する約束手形に基く手形債権であり、これを新訴において、右手形の基本である損害賠償債権の確定を求める訴に変更したのであるから、その間何等請求の基礎に変更はないと述べ、

被告破産管財人の主張に対し次のとおり述べた。

一、原告は、破産者に対し米国船の入港がおくれて、昭和二六年八月末ころとなるといつて、その旨承認を求めたことはない。従つて破産管財人主張の二項及び四項の事実は、これを否認する。

二、原告が、破産者に対し合計一〇、八〇〇、〇〇〇円の約束手形を振出したことは、これを認めるが、もともとこの手形は、破産者が、本件売買代金決済のため、原告に対し銀行の支払保証付手形を取組むについて、その取引銀行である東邦銀行との間の交渉が難行しているから、破産者が原告に大豆粕を売渡すこととし、その前渡金として原告から約束手形の振出を受けることになれば、東邦銀行の破産者に対する信用が加重され、本件大豆代金についての同銀行の支払保証を取付けられるようになるからとひたすらに原告に懇請したので、原告は、やむなく右手形を振出したものである。ところが、同年七月五日新聞紙上で、破産者の幹部に対する詐欺、横領などの被疑事件が発生したことを知り、右前渡金手形の前提である大豆粕の売買も到底実現の見込がないのみではなく、むしろこの行為自体甚だ詐欺的要素濃厚なものであつたことを知つて、急いで原告振出の右前渡金手形に関する善後措置を講ずるため、福島に赴いたものであるから、その際の原告と破産者との交渉は専ら右手形問題に終始し、本件大豆売買にはふれる余裕がなかつたのであつて、右売買の明示または黙示による解除の合意などをする余地は全く存しなかつたのである。また原告が、右手形を振出した経緯は、かえつて破産者が当時既に大豆の到着を知つていて、その代金支払のため、銀行との交渉に奔走していたことを明らかにするものであつて、この点からしても、破産管財人の二項、四項の主張は理由がない。

三、価額の点に関する主張について次のとおり述べる。

(イ)  大蔵省税関調書記載の価格は、当該期に入港し、通関手続を完了した貨物の買付契約当時の価格で表示されるのであるから、先物取引の例の多い輸入取引においては、契約時期と約定品の本邦入港時期とは、常に数力月以上の期間的ずれがあるものであり、且つその期間も契約の内容によつて異り、必ずしも一定していないのであつて、しかも輸入大豆といつても米国産、満洲産など、種類があるのであるから、価格の点に関する破産管財人の主張は理由がない。

(ロ)  また東京卸売物価指数は、その作成の過程における種々の技術的制約の故に必ずしも現実の取引相場を反映しているものではない。

原告が、本件大豆を味の素株式会社に転売した価格は、当時としては望み得る最高の価格であつた。

四、過失相殺の主張について。

原告の本件大豆売買の解除、または大豆の転売が、破産者の破たん後若干の期間をおいてされたものであることは相違ないが、しかしそれは当時破産者の幹部らが、いずれも刑事々件のため、あるいは拘束され、あるいは奔走していて、原告としてもこれと本件売買の処理について交渉する機会を得がたかつたことによるものである。それのみではなく、本訴において請求している損害算定の時期は、若し履行期後請求の時までの間に転売されていれば、その転売の時、転売がされていないなら、損害賠償請求訴訟の弁論終結の時、であるべきであるから、解除の時期は、それ自体問題とならず、むしろこれを前提とする転売の時期のみが法律上問題である。ところが、前述のような事情があつたのみではなく、当時大豆市場は大暴落の後、市況は一向に復活せず、現実に売却することが不可能であつたのであつて、同年秋ごろになつて、ようやく若干の取引の成立をみるようになつたのである。原告は、もち論破産者の破たん後損害を最少限度にくいとめるため、破産者の状況とにらみあわせながら、大豆の処分を計つてきたが、結局かろうじて味の素株式会社に売込むまでは、その目的を達することができなかつたのであつて、不当に廉価で売つたというが如きは、当時の実況に目をおうものである。

原告は、被告破産管財人の主張に対し、以上のとおり述べた。

被告等は、本案前の抗弁として、原告の昭和二八年六月一日付訴状の請求の原因によれば、六、一一八、七〇〇円の手形債権確定の訴訟であることが明らかである。ところが、原告は、同年一〇月一日付訴変更の申立書によつて、請求の趣旨並びに原因を変更し、大豆売買の不履行による損害賠償債権の確定を求めたことも明らかであるが、旧訴と新訴は、その請求の基礎に変更があるので、民訴訟法二三二条一項により右変更は不適法であるから、同法二三三条に則り訴の変更を許さない旨の決定を求めると述べ、

本案に対する答弁として、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担するとの判決を求め、原告主張事実中、昭和化学工業株式会社に対し破産宣告があつて、被告片岡、渡辺の両名が破産管財人に選任されたことは、これを認めるが、その余の事実全部を争う。なお遅延利息は、破産宣告の日までに限られるのであるから、昭和二八年一月一六日までの部分を除き、右期間以後の部分は破産債権ではないと述べ、

被告破産管財人両名は、さらに、

一、仮に原告主張の本件大豆売買が成立したとしても、その日は昭和二六年五月九日であつて、四月一六日ではない。

二、昭和二六年六月初旬原告は破産者に対し、輸入大豆の米国出港がおくれ、米国船の入港は、同年八月末ころの予定となつたから、承認されたいと通知してきたので、破産者は、これを承諾した。従つて本件契約の輸入大豆が、同年六月一四日横浜港に入港したこと、原告が、その引取方を破産者に通知したこと、はこれを否認する。

三、原告は、破産者から大豆粕を買取る前渡金として、同年六月二三日金額はいずれも五、四〇〇、〇〇〇円、満期同年八月三一日及び同年九月一五日とする約束手形各一通を破産者あてに振出し、破産者は、右手形二通を東邦銀行に裏書譲渡した。

ところが、同年六月末ころ破産者の重役に関する詐欺、横領などの刑事被疑事件が突発し、同時に破産者は支払不能に陥り、事実上破産同様となつてしまつた。当時右破産状況を聞知した原告は、六月末ころ前記二通の手形処理等のため来福し、破産者の幹部と善後策を講じ、その後右約束手形については、訴外富士銀行のあつせんで、東邦銀行は、原告の責任を問わないこととして落着した。右来福当時、原告は、破産者に本件大豆引取の能力のないことをよく知つたので、原告と破産者との間に暗黙の合意で、右売買を解除し、当事者双方ともこれによつて生ずる責任を追及しないことに了解して、解決済である。

四、仮に右事実がないにしても、原告からは、米国船の入港が八月末ころになるとの通知があつたのであり、原告が売買を解除するまでの間、原告から破産者に対し該船の日本入港並びに大豆引取方を一度も通告された事実がないのであるから、破産者は、買受人としての義務を履行するに由なく、従つて原告の解除は、不適法である。

五、仮に右事実がなかつたとしても、昭和二六年度における米国産大豆の日本到着港沖着渡価格及び国内卸売価格は、次のとおりであるから、原告主張のような価格の下落による損害はない。

一屯(一、〇〇〇キロ)

あたりの輸入価格

六〇キロあたりの

東京卸売指数

一月

一〇七ドル

二九六五円

二月

一三三

二九六五

三月

一三〇

二九六五

四月

一五二

三四八三

五月

一六一

三二二七

六月

一五七

三一三三

七月

一五八

二八八三

八月

一六四

三三三三

九月

一六五

三三八三

一〇月

一六四

三五五〇

一一月

入港なし

三四〇〇

一二月

一六〇

三一三三

六、原告が味の素株式会社に転売したと称する価格は、東京附近卸売物価に比し、不当に低廉であるから、よつて被つた損害については、原告みずからその責に任ずべきであつて、破産者にその責任を転稼することは許されない。

七、また原告は、昭和二六年六月未ころ破産者が引取不能の破産状態にあつたことを知つていたのであるから、直ちに売買を解除し、あるいは該大豆を転売するなどして、その危険負担の減少を図るべきであつたにかかわらず、漫然昭和二六年一〇月一一日解除したというのであるから、破産者に賠償責任があるとしても、原告の右重大な過失は、民法四一八条によつて斟酌されるべきである。

八、次に破産者は、本件売買に関し、その保証として代金の一割に相当する六、一一八、七〇〇円の約束手形を原告に差入れたが、損害賠償額は、右限度に限定する約束であつたから、破産者に責任があつても、右手形金額の範囲内に限定されるべきである。

と述べた。

証拠として、原告は、甲第一号証から第二〇号証まで(うち第七、第一五、第一八号証は各一、二、第五、第二〇号証は各一、二、三、第六、第八号証は各一ないし六)を提出し、証人倉田謙二(第一、二回)、橋本久弥、小山博の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、被告破産管財人は、乙第一、二、三号証を提出し、証人出田芳夫、佐川文蔵、猪野俊美の各証言を援用し、被告らは、甲第一、第二、第一六各号証の成立を認め、(但し甲第一号証の作成された日は、昭和二六年五月一〇日ころである。)その他の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

先ず請求の基礎に変更があつたかどうかを考えるに、本件記録その他当裁判所に顕著な事実によつて、原告が本件訴訟を提起するに至るまでの経過は、次のとおりであることを明らかにすることができる。原告は、

(一)、昭和二八年四月八日当庁昭和二六年(ワ)第三号破産事件で、約束手形金六、一一八、七〇〇円及びこれに対する昭和二六年七月三一日から昭和二八年三月三〇日までの年六分の割合による利息金六一一、八七〇円の債権届出をしたが、(債権届出期間は昭和二八年四月一五日まで。)同年五月二日の債権調査の一般期日において被告らがこれに異議を述べたので、原告は、同年同月三〇日その確定を求める訴(これが旧訴である。)を提起し、

(二)、同年七月二一日破産者との大豆取引から金一四、九六六、二八一円四八銭の損害を被つたとして、

(1)  右損害金から既に手形金として届出た(一)の金額を控除した残額八、八四七、五八一円四八銭及びこれに対する昭和二六年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による遅延利息、

(2)  金六、一一八、七〇〇円に対する昭和二八年三月三一日から完済までの年六分の割合による遅延利息、

について債権届出をし、

(3)  (一)で届出た手形金及び利息金は、(二)冒頭の損害金及びこれに対する遅延利息の一部に該当するから、(一)の原因を(二)の原因に変更する旨の「破産債権届出事項変更届書」を提出し、

(三)、昭和二八年一一月二日(二)冒頭の損害金の額を一三、九七九、二八二円七五銭、従つて(二)(1) の届出債権額及び遅延利息を七、八六〇、五八二円七五銭及びこれに対する昭和二六年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による遅延利息とする旨の「債権届出……に関する訂正申立」を提出したが、昭和二八年一一月二日の債権調査の特別期日において、被告らが、(二)の(2) 、(3) 及び(三)の債権に異議を述べたので、原告は、同年同月二五日金一三、九七九、二八一円七五銭及びこれに対する昭和二六年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による遅延利息の確定を求める旨の訴(新訴)を提起した。

以上のような経過であることが認められる。

ところで、甲第一号証、第一六号証、証人倉田謙二(一回)、佐川文蔵、猪野俊美の各証言を総合すると、破産者は、昭和二六年四月二六日原告と破産者との間に成立した大豆売買につき万一破産者の債務不履行のため原告の被むるかも知れない損害を担保するため、前記(一)の金額の約束手形一通を原告に振出交付したことが認められ、原告は、前記の経過でその確定を求める旧訴を提起したが、新訴でこれを右手形債権で担保される損害賠償債権自体の確定を求めることに変更したものであるから、新訴のうち前記手形金額に相応する部分は、請求の原因を変更したものには相違ないが、破産法二二八条にいわゆる債権の原因とは民訴法二二四条の請求の原因と同趣旨と解するから、右認定の事実関係のもとにおいて、原告が前記(一)の届出債権の原因を前記(二)(3) の原因に変更することは許されるべきであり、(大審院民事判例集一二巻六号五八五頁以下参照。)従つて右変更は破産法二三五条の届出事項について変更を加えたものには該当しないから、前記(二)(3) の変更届を新たな届出として処理する必要はなかつたわけである。また破産債権確定の訴においても、その請求の原因は、その同一性を失わない限り、変更することを許されるのであり、(大審院民事判例集一五巻二一号一八二六項以下参照。)前記(一)の原因を前記(二)(3) の原因に変更しても、それは請求の基礎を変更するものではないから、原告は、別に前記(二)(3) のような変更届をするまでもなく、債権確定訴訟において直ちにその請求の原因を手形債権から損害賠償債権に変更しても差支えなかつたのであるから、被告らの抗弁は、前記(一)の金額に関する限りその理由がない。

また破産法二二八条第一項、二四一条一項、二四七条、二二九条、二三一条などの諸規定によれば、破産債権者は、債権表に記載した事項すなわち債権の額及び原因などについてのみ債権確定の訴を提起することができるのであるが、原告が、旧訴を提起した当時は、前記(二)(2) 及び(三)の債権に関する届出はなく、その後昭和二八年七月二一日に右(二)(2) 、(三)の債権の届出をしたため、これら債権は、破産法二三六条、二三五条、二三四条の諸規定によつて処理され、前記(三)の経過を経て、原告が新訴を提起するに至つたものであるから、新訴のうち右金額に関する部分は、全然新たな訴を別に提起したものと解するのを相当とし、従つて、請求の原因に変更があつたかどうかを問題にする余地はない。

次に本案について判断するに、

昭和化学工業株式会社が、当裁判所昭和二六年(ワ)第三号破産事件で、昭和二八年一月一六日破産の宣告を受け、被告片岡、渡辺両名がその破産管財人に選任されたことは、当事者間に争いがない。

そして前示認定のとおり請求の原因の変更は許されるのであるから原告主張の売買の成否について考えるに、甲第一号証に証人倉田謙二(一回)、佐川文蔵の各証言を総合すると、原告と破産者との間に昭和二六年四月二六日次のような約旨の売買が成立したことを認めることができる。

一、品名 米国産大豆

二、種類 黄色二号

三、屯あたり 六一、一八七円

四、数量 一、〇〇〇屯ばら積

五、金額 六一、一八七、〇〇〇円

六、積出月 米国積出昭和二六年五、六、七月中

七、受渡場所 日本到着港沖着渡

八、受渡方法 送状面斥量渡、但し買人希望の場合は、売人において袋詰の上買人指定先へ転送を引受けるものとする。この場合の包装材料並びに輸送諸掛等は実費買人負担のこと。

九、受渡斥量 米国公定鑑定人証明書をもつて最終とする。

一〇、代金支払 本船日本到着と同時に銀行支払保証付七五日目約手取組のこと。

一一、保証金 本契約調印と同時に保証金として代金額の一割に相当する金額を額面とする七月末期限の約手発行のこと、但し手形支払期限内に本船未入港の場合は入港日まで手形支払を延長しうるものとする。

被告破産管財人は、右売買成立の日は昭和二六年五月九日であると主張するが、右主張事実にそうような証人猪野俊美の証言部分は信用しがたく、また第一六号証の振出日が昭和二六年五月九日であつても必ずしもこれによつて右事実を認定しなければならないものでもなく、他に右事実を認めしめる証拠がない。

そして甲第二号証、証人倉田謙二(一回)及び橋本久弥の各証言でその成立を認める甲第三号証に右証言、証人佐川文蔵及び猪野俊美の各証言を総合すると、輸入大豆黄色第二号約二四五一、五三屯が昭和二六年六月一四日横浜港に到着したので、原告は、そのころその旨を破産者に通知したが、破産者は、契約で定めた銀行支払保証付約手を取組むことができず、買受大豆の引取をしないでいるうち、六月二六、七日ころ破産会社の重役に対する刑事被疑事件が突発し、七月一〇日前後重役等は相ついで逮捕され、破産会社は全くその機能を停止し、営業不能に陥り、到底本件大豆を引取ることができなくなつたので、原告は、昭和二六年一〇月一一日ころ本件売買を解除したことを認めることができる。

被告破産管財人は、原告は破産者に対し米国船の日本入港及び大豆引取方を通告したことがないから、原告の右解除は不適法であると主張するが、これに添う証人出田芳夫、猪野俊美の各証言部分は採用しがたく、他に前示認定をくつがえして、右主張事実を認めしめる証拠がない。

被告破産管財人は、昭和二六年六月末ころ原告と破産者との間に前示売買を、暗黙の合意で解除し、双方ともこれによつて生ずる責任を追求しない旨の了解が成立したと主張するが、証人出田芳夫の証言中右主張事実に帰着するような部分はにわかに措信しがたく、他に右事実を認めしめる証拠がない。

そこで、破産者の右債務不履行のため原告の被つた損害を按ずるに、証人橋本久弥の証言でその成立を認める甲第四ないし第一四号証に証人倉田謙二(一、二回)、橋本久弥の各証言を総合して原告は、次のとおり損害を被つたものと認定する。

(1)  三九七、一四〇円五六銭、米国船から山崎倉庫までの大豆艀回漕料(認定資料甲第四、第五の一、二、三、証人倉田謙二第一回証言及び証人橋本久弥の証言) 494,440円×(1000/1245)

(2)  五八、二七八円、検数料、敷物使用料、サナ下清掃料、封印料。(甲第四、第五の一、二、三、橋本久弥の証言)142,664円25銭×(1000/2448)

(3)  二六八、九六二円、大豆倉入諸掛。 (甲第六の一、証人橋本久弥の証言)334,857円40銭×(1000/1245)

(4)  一、四〇六、四一一円、大豆保管料。(甲第六の二ないし六第七の一、二、第八の一ないし六、証人橋本久弥の証言)うちわけ

六月分        12円523×14286

七月から九月上まで  12円545×14286×5

九月下及び一〇月上 (12円545+12円545×0.85)×3787

(12円538+12円538×0.85)×10499

(5)  三五七、一五〇円、麻袋使用料、 (甲第一〇号証、証人橋本久弥の証言)1125000円×(14286/45000)

(6)  二六〇、〇四四円七五銭

甲第一号証、第一一ないし第一四号証、証人橋本久弥の証言を総合すると、原告は、原告の取引銀行である株式会社帝国銀行に依頼して米国の輸出業者を受益者とするアメリカ銀行の信用状(大豆四、五〇〇頓、金額七七四、七〇〇ドル限度)を開設し、右信用状に基く米国輸出業者振出帝国銀行あて荷為替手形(大豆二、五〇〇屯、全額四〇三、三〇〇ドル)が昭和二六、五、二五日到着したので、帝国銀行は即日右手形を決済したが、原告は、帝国銀行に対し、前記金額を右決済の日から一二三日目である昭和二六年九月二五日までに返済すべき約束であつたので、帝国銀行あてに金額米貨四〇三、三〇〇ドル、支払期日昭和二六年九月二五日の約手一通を振出したが、これを支払うことができなかつたため、右支払期日に帝国銀行あてに金額一四五、一八八、〇〇〇円、支払期日を一一月二三日とする約手を振出し、一二月五日、右金額に対する九月二五日から同日までの日歩二銭五厘の割合による利息二、六一三、三八四円を支払つたこと、破産者は原告に対し本件大豆が日本港到着と同時に七五日目を期限とする銀行支払保証付六一、一八七、〇〇〇円の約手を差入れる約束であつたのに、破産者はこれを履行しなかつたことを認めることができる。若し破産者が右手形を原告に交付すれば、原告は、帝国銀行に対し金六一、一八七、〇〇〇円を支払うことができたわけであるから、前記一四五、一八八、〇〇〇円から右金額を差引いた額面の手形を振り出せば足りたのであり、従つて右金額に対する日歩二銭五厘の割合による昭和二六年九月二五日から一〇月一一日まで一七日分の利息二六〇、〇四四円七五銭の支払をする必要もなかつたのであるから、原告は、破産者の手形交付義務不履行のため、右利息金に相当する損害を受けたわけである。

(7)  九一八七、〇〇〇円、契約価格と解除当時の相場との差額による損害金

乙第一号証によれば、大豆一屯あたり東京卸売指数は、昭和二六年一〇月は同年四月に比し、一、一一六円余高くなつたことになつているが、原告が本件大豆を一屯一六一ドル余で輸入したことは、(6) で認定したところによつて明らかであるのに、乙第一号証では同月の大豆一屯輸入価格は一五二ドルとなつており、また破産者は大豆一屯を六一、一八七円で原告から買つたのに、乙第一号証によれば昭和二六年四月の卸売指数は一屯あたり五八、〇五〇円となるので、乙第一号証は必ずしも個々の場合の取引を律することはできないものというべきである。他面証人橋本久弥の証言でその成立を認める甲第一五号証の一、二、証人小山博の証言でその成立を認める甲第一七号証第一八号証の一、二、第一九号証、第二〇号証の一、二に証人倉田謙二(二回)、橋本久弥、小山博の各証言を総合すると、昭和二六年一〇月ころの大豆一屯あたりの卸売価格は金五二、〇〇〇円と認定するのが相当であるから、原告は本件売買解除によつて大豆一屯について契約価格と解除当時との差額九一八七円、一、〇〇〇屯について九、一八七、〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。

被告破産管財人は、原告は、昭和二六年六月末ころ破産者が大豆引取不能の破産状態にあつたことを知つていたのであるから、原告は、本件売買を解除して大豆を転売し、その被むることあるべき損害の減少を図るべきであつたのに、漫然これを放置し、同年一〇月一一日これを解除したというのであるから、原告の右過失は、民法四一八条の規定によつて破産者の賠償責任につき斟酌されるべきであると主張するから判断するに、前記法条は、債権者の不注意な作為または不作為が債務不履行そのものについて共同原因をなした場合はもち論、損害の発生若しくは拡大について共同原因をなした場合をも包含するものと解すべきである。しかし破産者の本件大豆引取義務不履行について、原告に過失があつたと認めしめる証拠は全然ない。また原告が昭和二六年一〇月一一日まで売買を解除しなかつたことが、仮に原告の不注意であつたとしても、解除しなかつたことが本件損害発生の原因となつたと認めしめる資料はなく、且つ乙第一号証に証人倉田謙二、小山博の各証言を総合すると、輸入大豆の卸売価格は、輸入過剰のため、昭和二六年四月ころから次第に下落し、同年七月ころは値下りが最も甚しく、一屯五〇、〇〇〇円くらいになつたが、その後次第に値上りして、同年一〇月ころは一屯五二、〇〇〇円となつたことが認められるから、原告が同年六月末ころ直ちに解除せず、同年一〇月解除したことが損害拡大の因をなしたものでないことが明らかであつて、従つて被告の右主張も理由がない。

以上認定のとおり、原告は、破産者の債務不履行のため前記(1) ないし(7) 合計一一、九三四、九八六円三一銭の損害を被つたわけである。

被告破産管財人は、破産者は本件売買の保証として代金総額の一割に相当する六、一一 八、七〇〇円の約束手形を原告に差入れ、本件売買から生ずる損害の賠償額を右金額の範囲内に限定する旨の約束をしたから、破産者は右金額以上の賠償責任はないと主張し、甲第一、第一六号証、証人倉田謙二(一回)の証言によれば、破産者が本件売買の保証金として六、一一八、七〇〇円の約束手形一通を原告に交付したことを認めることはできるが、証人猪野俊美、出田芳夫の各証言中右主張事実にそう部分は採用しがたく、他に右主張事実を認めしめる証拠はない。かえつて証人倉田謙二の証言(一回)によれば右のような約束のなかつたことが明らかであるから、右主張も理由がない。

被告破産管財人は、遅延利息の確定を求める部分のうち、破産宣告の日である昭和二八年一月一六日までの部分を除き、右期日以降の部分は、破産債権ではないから、失当であると主張するが、破産法四六条一号の規定によれば、破産宣告後の利息は、他の破産債権には後れるか、ひとしく破産債権であることが明らかであるから、右主張は採用しない。

そうすると原告は破産者に対し金一一、九三四、九八六円三一銭の損害賠償債権及びこれに対する昭和二六年一〇月一二日から完済まで年六分の割合による遅延利息を有することになるから、(原告は、甲第二号証によつて、昭和二六年一〇月一一日本件損害を賠償すべき旨を破産者に請求した。)原告の本訴請求は、右認定の限度においてこれを認容すべきも、その余は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民訴法九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三)

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